「ぉ? ほぉ・・久々の上客じゃねぇか!ハハハッ!!
こりゃぁ、遊んでやらないと失礼ってぇもんだなぁ、なぁ?相棒。」
黒い靄が人の形になって、楽しげに笑いながら、「相棒」と呼んだ屈強な戦士を見た。
戦士の目は虚ろで光を宿して居らず。
無表情のままだったが、口元には笑みを浮かべていた。
「あぁ・・・ついに、その時が来たんだ。
この剣に相応しい獲物が!!!」
『獲物を食らえば、その剣は「完全」にお前の物となる。
そうなれば・・お前の願いなど容易く叶う。』
――人間を根絶やしにする、殺戮兵器に――
お前はなるのさ。
俺様の願いも叶う!一石二鳥じゃぁないか?なぁ「相棒」。
クックックッ!ハーハッハッハッハッ!!
「おっと、来た様だぜぇ・・相棒、 後はお任せしますよ。
俺様は、高みの見物とさせていただきますぜ。」
すでに、その声が耳に届いてはおらず、入り口を見据え剣を構えている。
黒い靄は人の形を解くと、壁に掛けてあった絵の裏側へと滑り込んだ。
絵に書かれていた人物が、にやにやと笑い出し始めたが、誰も気づきはしなかった。
┣¨ーーーーーーーーーン!!!!
と、派手に扉が蹴破られ、周囲にばら撒かれていた、金銀財宝も巻き込み
埃と共に舞い上がった。
敵が驚いている隙に攻撃しようという作戦だったのだが・・・。
戦士は微動だにせず、フルグラームの攻撃を剣で弾き返したほどだ。
「チッ、やっぱりそう簡単にはいかないか・・・。」
コソコソ進入しながら舌打ちしたのは、レーヴィルだ。
「ララト、あんた一体どうしちまったんだよ・・。タタル一の戦士だったあんたが、
化け物にとり憑かれるなんて!」
刀身が妖しく、輝きを放つと、ララトと呼ばれた屈強な戦士は、陶酔しきった様子で
「なにを勘違いしているかは知らないが、これは俺自身が望んだことだ。」
剣を右に、左に振り払うとレーヴィルに突きつけた。
「力がほしいのだ。その為に・・生贄が必要なのだ!」
そう叫ぶと、レーヴィル目掛けて切りかかった。
しかし、彼の目前で回避された。
フルグラームが、ララトの横っ腹を蹴り上げたためだ、だがその攻撃も牽制程度だった。
ララトは獣の様に歯をむき出して吼えながら、今度はフルグラームへと襲い掛かった。
フルグラームはすぐさま体制を立て直したかに見えたが、足元の金貨の山から
黒い手が、足首をがっちりと捉え賢明に振りほどこうとしても、体力を浪費するだけだった。
「クッ!なんなんだ!この黒い手は!」
焦りながらも、手に持っていた剣で、黒い手を切り払い、素早く両腰に差していた
二つの短剣を、ララト目掛けて投擲した。
ララトは動きを止めることなく、二つの短剣を体で受け止めた。
「あいつ!痛みがないのか!?」
苦虫を噛み潰した表情でフルグラームが剣を構え、ララトへ立ち向かおうとしたその時だ、
ララトが笑うのが見えた。
私は、気がつくと、レーヴィルを庇う様に飛び出していた。
「エルドッ!!!」
強烈な痛みが全身を駆け巡った。
良く見れば、腹部に深々とララトが投げた忌まわしい剣が突き刺さっていた。
それに気づいたとたん、口から大量の血が吐き出された。
横たわる私に、レーヴィルがパニックに陥っているのが見て取れたが、言葉を発することが
できそうになかった。
「一緒に死ぬのさ、夢のようじゃないか?
財宝に埋もれて死ねるなんて・・・。」
ララトは、天を仰いで笑ってそう言ったが、そのまま二度と動くことはなかった。
「エルドを道連れになんてさせるもんか!!」
泣きながら、そう吐き捨てて、忌まわしい剣を見ていた。
今なお、妖しく輝いているその剣のせいで、
傷口は深くフルグラームの命を刻一刻と蝕んでいるかのようだった。
「・・・くっ・・頼む、・・・剣・・を抜いて・・・く」
息も絶え絶えで、呻きながらも必死にフルグラームは、レーヴィルに告げた。
レーヴィルは、他に方法が見当たらないことを悟り、剣の柄に手を掛けた。
そのとたん、ドッと行き場のない憎しみが込み上げてきた。
しかし、レーヴィルは手を離すわけには行かなかった。
フルグラームを救えるのは、自身だけなのだから・・・。
覚悟を決め、力一杯引き抜いた。
引き抜いたと同時に、剣は妖しい輝きを失い、錆付いて跡形もなく消え去った。
けれど、フルグラームの傷が癒える事はなく、金貨を赤く染め上げた。
その時だ、一枚の絵から黒い靄が屋敷の外へ飛び出すと
金銀財宝も、屋敷も消え去り、残されたレーヴィル、フルグラーム、ララトの遺体は、
かつての、タタルの谷の名所であった「フラーダの花畑」に現れた。
「一体・・なにがどうなって・・・。」
訝しげに思いながら、ハッとした、フラーダの花々には人を癒す力があったではないか!
すぐさま、フルグラームに駆け寄ると、安堵し、その場にへたり込んだ。
深い傷は塞がり、流れ出していた血も止まっていた。
フルグラームの小さな、けれど正しい呼吸音に、もう心配はなさそうだった。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「クソ!チクショウ!こんなはずじゃぁなかったはずだ!俺様の計画は完璧だった!!!」
黒い靄が、ワンワン喚きながら、谷を駆け抜けていた。
もうまもなく出口というところで、門番が騒いでいるようだった。
「おいおい!今度は何だ!!!?黒い靄が喋ってるぞおい!!」
「死にたくなければ、下がれ。」
門番が、ギクリとして、隣を振り返るとこの間この地を訪れ、結界に阻まれ去った人物だった。
黒い靄の動きもピタリと止まる、どこか怯えているようにさえ見えた。
「そんな!馬鹿な!! なぜあんたがこんな所に!!?」
動揺しきって、声のトーンが所々可笑しかったが、門番は笑うことさえ忘れて、
岩陰に隠れていた。
銀の髪が、谷から吹く風で煌いて、その瞳は、怒りに燃えるかのように見えたが、
ただ、静かに金色を称えていた。
「お前の言う、計画がどんな物だったかを聞きたいものだな・・、ゼオバリエ。」
名を呼ばれて、ますます慌て始めた黒い靄は、とうとう本来の姿を現した。
ガリガリの体格に、似つかわしくない金の王冠に、煌びやかな金のネックレス、
金の指輪に、金の足輪、言うまでもなく、衣服は金糸でできた服だ。
人の様に見えるが、王冠を突き破って、金の角が見えているし、その背からは黒い翼が
せわしなく動いていた。
そのどす黒い瞳が、少女を見ないように必死にグルグルと周囲を眺めている姿は、余りに滑稽だ。
「えー・・それは、その・・・・。」
必死に言い訳を考えているのが見て取れた。
「言い訳など聞きたくもないな。もういい、お前は真の王に手を出したのだ。
許されるべきことではない、大人しく地獄へ帰るか、それとも今この場で消えるか選べ。」
もともと、血の気のなさそうな顔からさーっとひいていくと、がっくりと地に座り込んだ。
「クックク、どっちもお断りだねぇ・・・、俺様は地上が気に入ったんだよ。
あんただってそうなんだろ?え?クロセル様よぉ!」
そう言い捨てたと同時に、クロセル目掛け、鋭く伸ばした爪で襲い掛かろうとした。
「身の程しらずもいいところだな・・。」
「やれやれ」と、ため息をついたかと思うと、左手をすっと下から上に切る様な
動作をしたかと思うと、ゼオバリエの体が一刀両断された。
「何故・・・地上に長く居たはずの・・・お前なんか・・に!!
この・・俺様が・・まけ・・な、・・俺の・・金・・・が・・・!」
傷口から、闇が膨れ上がり、あっという間にゼオバリエを飲み込んだ。
「この国に悪魔がいる事など、俺が許しはしない」
青い瞳が、谷の奥を見て微かに微笑んだのを、門番はぼーっと見つめていた。
ちらりと門番を見て、記憶を消そうか消すまいか悩んだが、あえて放っておく事にした様だ。
クルリと踵を返し、歩き始める。
――あの2人なら
いずれ訪れる『滅びの輪廻』も
打ち消すことができるだろう――
今はまだ、小さな希望に未来を託して・・・。
王と十二宮より『金の悪夢』 完